05.15.22:00
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07.11.00:17
【SS】鷸 ―シギ―
「フィー、具合はどうだ」
「えぇ、なんとも。大丈夫ですわ、スイ」
山の奥の、そのまた奥の。雪深く閉ざされた真っ白い渓谷を越えて。
とある小さな村に、二人は暮らしていました。
フィーと呼ばれたのはお姉さん。長く綺麗な黒い髪、両耳に銀色のイヤリングをして。
それを心配そうに見つめるのはスイと呼ばれたお兄さん。白い羽根で青緑の目をしていました。
木で作られた小さなお家。暖かなランプの明かりが部屋を明るく照らします。
ゆらり、ゆらり。揺れるロッキングチェアに座るお姉さんのそばにお兄さんが歩み寄って。
お姉さんのお腹の中には、もうすぐ家族になる赤ちゃんがいました。
「もうすぐだってな。双子、なんだろう?」
「そうなんです。二卵性の双子ですって。楽しみです、可愛い赤ちゃんが二人もいっぺんに授かるなんて」
大事に、大事に育んできたお腹の子。
顔を合わせるのはいつかしら。その日を楽しみに待ちながら。
お姉さんは優しくお腹の赤ちゃんに話しかけます。
「はやく出ておいで。お父さんも楽しみにしてるのよ。もう名前だって。」
「お父さん・・・なんか気恥ずかしいな。」
照れて頭をかくお兄さんに、お姉さんはくすくすと楽しげに笑います。
お姉さんは慈しむようにお腹をさすりながら、お兄さんに優しく微笑んで言いました。
「この子達が大きくなったら、教えてあげたいことがたくさんあるの。」
「魔法に、絵に、歌もかな。いいよ。僕も一緒に。
二人もいるんだ、きっと手のかかるやんちゃな子達だろう」
そう言って笑い返すお兄さんに、お姉さんは嬉しそう。
ふふ、と二人で幸せそうに笑いあって。
静かに、穏やかに、暖かに、日常が流れていきました。
そして、二人の子供たちが産まれる日。
その日は春の柔らかな雨が降っていました。まだ地面に残る雪を少しずつ溶かし、それは細い流れになって、村のそばを通る川へ注がれていきます。
小さなお家の中では、お兄さんが落ち着かない様子で部屋の中を立ったり、座ったりしていました。
出産のためにお姉さんは村の中の病院に行きました。
子供たちを迎えるための準備はもう整っているはずなのに、まだ何か足りないんじゃないかと、心配性のお兄さんは一度家に帰ってきたのです。もちろん、できる限りのことはお姉さんと二人で済ませたのでやることなどあるはずもなく。
そんな時、お家のドアがどんどん、どんどん、と勢いよく叩かれました。
「スイ!翠影いる!?早く来て!もうすぐ産まれそうなの!」
扉を叩くのは看護婦さんでした。
お姉さんの様子をいち早く報せにきたのです。
お兄さんと看護婦さんは病院へ急ぎました。
病院について、扉を開けば、聞こえてくる赤ちゃんの泣き声。
「産まれたのか!」
逸る気持ちをそのままに、急いでお姉さんのいる部屋へ向かいます。
そこには、疲れきったお姉さんと二人の子供がいました。
先に産まれたのは白い羽根の子。後に生まれたのは。
「黒い、羽根・・・?」
お兄さんは青ざめました。
その村に住んでいたのは、白い鳥の一族だったのです。
黒い羽根を持つ子は、一度も産まれたことはなかったのです。
「スイ・・・?どうしたの・・・?」
お姉さんは不安そうに、お兄さんを見ています。
二人の赤ちゃんは、かごの中をもぞもぞと動いて。
お姉さんの声に、お兄さんは我に返りました。
お兄さんは何も言わず振り返って、今度は急いで部屋を出て行きました。
お兄さんが向かった先は、病院の院長先生のところでした。
黒い羽根の子が産まれたことを、病院全ての人に黙っていてもらいたかったからです。
「お願いします、どうか、どうかあの子のことを誰にも言わないでください!」
「でもスイ、私達が隠したところでいつか必ず知られてしまう。ずっと子供を隠していくなんて無理だ。」
「それでも、たとえあの子の行く末が決まっていたとしても、出来るだけ長く・・・!」
お兄さんは食い下がります。どうしても黒い羽根の子を守りたかったのです。
白い鳥の中で、黒い羽根をもって生まれた子供は呪われた子供だとされていました。
「黒い羽根は切り捨てるべし。そうでなければ村全体に災いが降りかかる」
その言い伝えを信じる村の人に知られてしまえば、黒い羽根の子がどうなるのか分かっていました。
しかし。
「諦めなさい、スイ。
幸いにももう一人の子の羽根は白い。そっちを大事に育ててやるんだ。」
そう言って院長先生は立ち上がります。
お兄さんはすぐにお姉さんと子供たちのいる病室へ走り出しました。
黒い羽根の子が連れ去られてしまう。その前に黒い羽根の子を人目から隠そうとしたのです。
でも、もうすでに遅かったのです。
お兄さんが少し離れたその間。
看護婦さんが動けないお姉さんから黒い羽根の子を引き剥がしていました。
病室へ戻ったときには、かごの中には白い羽根の子しかいなかったのです。
お姉さんは、誰もいなくなった部屋で一人泣いていました。
生まれる前から決まっていた、黒い羽根の子の名前を呼びながら。
お兄さんは後悔しました。
自分が離れなければ。ずっと我が子たちのそばにいてあげていたら、と。
その二人の心に呼応するかのように、白い羽根の子も泣きました。
それから、黒い羽根の子の行方は誰にもわかりません。
院長先生も、看護婦さんも、誰一人として何も言いませんでした。
遅く咲いた桜の花だけが、鮮やかな色に染まっていました。
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